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2004. 3.25.Up Dated.
旧世代
  
かなり古い話ですが、ルース・ベネディクト著の「菊と刀」で、日本を恥の文化と紹介していました。 この本が日本で出版されたのは昭和23年なので、私の生まれる少し前ですが、その後も評判が続き、私達世代の学生の頃にもかなり話題にもなりました。
この本は第2次世界大戦中の米国における日本人研究によって生まれた書物ですが、当時の日本文化の主流を為していたのは、明治生まれの世代と大正世代だったと思います。
それでは、今日の日本文化の主流を為している世代はと言えば、まさに団塊の世代に他なりません。 団塊の世代はそれ以前の多くの世代から影響を受けていますが、必ずしも「恥の文化」継承者という立場ではないのだと感じています。
ここ数日、週刊文春の記事でマスコミは騒いでいますが、他人の離婚記事報道の是非を大の大人が論じています。どこかの大学教授も提灯持ちのようなコメントを寄せていますが、これらを読んでいると「恥を知れ」と言いたくなります。マスコミにも団塊の世代は多いと思いますが、このような報道を正当化しようとする方に加担しています。
団塊の世代は、良かれ悪しかれ今の文化の担い手ですが、次の世代に対する影響力について責任を負わなければなりません。離婚報道の曝露記事にそれまで身に付けた学問(?)を駆使して理屈をつけている様は滑稽というよりは恥ずかしいと感じるのは私だけなのでしょうか。
知識をこじつけに利用したり、損得のみで駆使したりするのは「あさましい」ということになりますが、今はこれらを正当化する雰囲気があります。
この状況に対して責任を感じなくてはならないのは団塊の世代だと思いますが、どうも発言が少ないようですし、無責任に傍観しているようにも思えます。
そんなことからも団塊の世代は、既に下の世代から旧世代として扱われつつあります。それも「恥の世代」としての旧世代ではなく「ご都合主義」の旧世代としてお荷物のように思われているのではと感じています。
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